4 忘れられた石橋の歴史

4.1 石橋の起源と発展
(1)起源
従来の研究、諸説ではエジプト、バビロニア、エトルリア人、ローマ、パルティア、中国等の名前が上がることがあります。

国名 地域 橋名など 材種 完成 河川名 長さ 連数 径間 年代,備考 備 考
スイス コンスタンツ湖の抗上生活 0 -4000
インカ インカの葦の舟橋 1 -4000
イラク メソポタミア地方 石造アーチ橋の存在 2 -4000
イラク メソポタミア地方 尖塔アーチ 2 -3000
エジプト 石造アーチ橋の存在 2 -2650 ナイル
イラク 小アジア シュメール人のアーチ 2 -2500 BC2800〜2300
イラク バビロニア 煉瓦アーチ 2 -2200 200 ユーフラテス川
イラン 石造アーチ橋現存?(スウェーデンのHP) 2 -1800
イラク 尖塔アーチの下水渠 2 -1300
イギリス ダートムーア クラッパー・タイプの橋,クラッパー橋 2 -1000 ダート川 B.C.1000年ー1年頃
イラン アッシリアの城門のレリーフのアーチ 2 -850 BC9C
トルコ イズミール スラブ橋、隊商橋 2 -850
イラク バビロニア 木桁橋 1 -780
イラク アッシリア、ニネベ 石造アーチ水道橋 2 -691 280 センナヘブリ王 センナケリブ?
イタリア ローマ サブリシウス橋(木桁) 1 -621 テヴェレ川
イタリア ローマ スブリキウス橋 2 -583
イラン アッシリアの宮殿跡のアーチ 2 -550 BC6C
イラク ダリウスの舟橋 1 -493
イラク クセルクセス王の舟橋 1 -481
ギリシア コパイス湖の石造アーチ 2 -450
イタリア ローマ ヴァティカヌス橋 2 -450
イタリア ローマ アッピア水道橋 2 -312 アッピア水道、アルシエティナ水道
イタリア ローマ アニオベツ水道橋 2 -263
イタリア ナルニ アウグストゥス橋,アウグスト橋 2 -220 32.3 B.C.220,前1〜2世?、BC27修復、11C、1053再架 スパン9.2Mと7.5Mの径間からなる,パラディオのアーチ橋設計のヒント
イタリア ローマ ミルビオ橋(モレ橋) 2 -220 テヴェレ川 BC.220、B.C.109再建,15世紀改造,1805改修 エミリウス・スカウルス
スペイン バルセロナ 石造アーチ 2 -219 BC219
イタリア ローマ ロット橋 2 -181 テヴェレ川 B.C.181(世),B.C.179年(橋)、BC.179木橋、BC.142石造 BC.142説
チュニジア ザグーアン 水道橋 2 -150 02C
イタリア ローマ マルミア水道橋 2 -145
イタリア ローマ 2 -127
イタリア アオスタ、サン・マルティノ サン・マルティノ橋、サン・マルタン橋 2 -120 1 35.6 BC.120、前1世紀,BC144,BC25再建
スペイン メリダ メリダのローマ橋 2 -85 グァジアナ川 792 62 B.C.85年創架,1610,1860,1876に修造,721M 数回の復旧工事,水面から橋上高さ11M,花崗岩,市内外で様式が違う,57連、721M
イタリア ローマ ファブリチオ橋,クワトロ・カピ橋、マーキュリー橋 2 -62 テヴェレ川 2 24.5 B.C.62 ファブリキウス
ドイツ カエサルの木橋、ライン橋 1 -55 ライン川 420 カエサル
イタリア ローマ チェスティオ橋 2 -43 テヴェレ川 13.7 B.C.43年,370再架、BC.62〜BC.27
フランス ナルニの橋  -27
フランス フラヴィヤン橋 2 -12 トゥルーブル川 1 12.5 BC12


1)エジプト
エジプトは紀元前2500年古王国ピラミッド時代以来コルベルアーチ発祥の地とされますが、「アーチは永眠せず」といい、その後普遍的な活用には至りませんでした。

2)メソポタミア
紀元前1700年ハンムラビ王以来古バビロニア王国ではジグラット(バベルの塔)に始まる壮大な建築で知られます。都市には、神殿はじめ、城壁、運河、道路、橋、空中庭園などが建設され、技法としてアーチが多用されていたことが想像できます。
ユーフラテスとは大きい橋のある川という意味だそうですが、大きい橋の構造は明確にされていません。メソポタミアは良質な石材に恵まれず、木も少なく、建設材料は煉瓦中心となります。石や木材は柱、梁になりますが、煉瓦は梁には使えません。開口部を作るには煉瓦をアーチに組む必要がでてきます。当時の大きい橋は桁橋ではなく煉瓦アーチでなくては作れません。アーチは必要があって生まれました。煉瓦は紀元前4,000年には作られ、アーチは紀元前3,000年には実用化されます。

3エトルリア
比較的良質な石材に恵まれたエジプトやギリシャでは敢えてアーチを使う必然性がなく、民族の起源を小アジアにもつエトルリア人がメソポタミア起源のアーチ技法を取得し、イタリア半島への移動にともない、アーチがイタリア・ローマに持ち込まれたとするのは納得しやすいところです。

4)ローマ
ローマ人のアーチが有名になるのは今日に伝わる水道橋やローマの橋からですが、それ以前紀元前700年頃には使いこなしていたと考えるのが自然です。
ローマ人の遺蹟は紀元前300から紀元後300年地中海を中心に世界各地で見ることができます。ヨーロッパの人にはギリシャ、ローマは彼らの誇るべきルーツであり、アイデンティティであり、遺蹟は命の次に大切なものです。

5)中国
中国には石も木もありますが、人工の多さと比較すると、木は少なめです。桁に使える石材多いのですが、何といっても切り出すのは大変な作業です。煉瓦はやはり古くからありました。
アーチの伝説は紀元後285年の旅人橋までしか遡れませんすが、アーチの存在は少なくとも漢には遡れます。(漢の墓室の作り方では煉瓦とアーチを多用して大きい空間を作っていますが秦の遺蹟にはアーチが使われていません。)
当時、ローマはもちろん、その版図ではアーチを多用していましたので、この意味では中国のアーチの活用はヨーロッパに相当遅れていることになり、ヨーロッパから伝わったとする説で議論されたこともありました。
中国のアーチの技法的特徴は2辺、3辺、5辺と徐々に円弧が分割されるところにあります。これからはヨーロッパからの伝播というより、独自の工夫を感じます。また、道路橋へのアーチの応用という面では遅れましたが、その後の技術発展はヨーロッパの追随できるところではありません。この工夫も単に伝播したものでないことを裏付けます。
なお、明治工業史に中国には4000年前からアーチの歴史があるとしてますが、中国の4000年前は殷王朝で、これを裏付ける資料はみたことがありません。(石橋を調べて本に対し疑り深くなりました)

6)よく出てくる王宮の遺蹟の写真や壁画のアーチ
これらも大抵はメソポタミア、ローマからの伝播のものが多いようです。


(2)発展
1)西洋
西洋の石橋のデータはたかだか500ですので発展史の正確なことはいえませんが、全体的な傾向は感じ取れます。
「橋は国の興隆を現す」といわれますが、下の表を見ると橋の数が民族の興隆、世界史と重なります。


-9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 小計 小計 合計
イラン 1 1 3 5 0 5
トルコ 1 1 2 2 4
イラク 1 1 0 1
イタリア 1 1 1 3 4 2 3 1 1 1 1 2 2 6 2 2 3 2 38 3 41
ギリシア 1 1 2 0 2
スペイン 1 1 3 5 1 1 4 2 1 2 21 6 27
チュニジア 1 1 0 1
フランス 1 5 2 2 4 1 8 15 3 3 10 28 41 10 133 14 147
ドイツ 1 4 5 6 12 10 37 45 17 137 2 139
イギリス 2 5 2 1 3 90 46 2 151 4 155
スイス 1 1 1 7 10 2 12
ベルギ 1 1 0 1
オランダ 1 1 0 1
ユーゴスラビア 1 1 2 0 2
ポーランド 1 1 2 0 2
チェコスロバキア 1 1 2 0 2
ポルトガル 1 2 3 0 3
アメリカ 1 11 7 19 0 19
不明 1 1 0 1
ハンガリー 1 1 0 1
オーストリア 1 1 0 1
ルクセンブルク 1 1 0 1
デンマーク 0 2 2
ノルウェー 0 1 1
2 0 1 2 2 1 4 5 4 11 9 0 1 0 0 1 0 3 1 5 6 26 30 12 22 31 159 150 47 535 36 571

上の表は次のブロックに分かれています。

1アーチ石橋の起源からの流れ
2全ての道はローマに通ずる。
3イスラム勢力によるところ
4ルネサンス
5産業革命
6鉄とコンクリートによる橋に変わる



2)中国
中国の石橋数は一説では10万ともいわれるなか、データ数は500です。


1.隋から唐にかけて
2.
3.
4.
5.戦後再び活性化する


4.2 技術的進化融合過程

  工事中